わんころけっとのアメリカに暮らしてみたものの

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コロナ禍におけるアメリカの劇場の今後の展望とは?

コロナ禍は市民生活は言うに及ばず、様々な業界に多大な影響を与えていますが、舞台芸術も大きな影響を受けている業界の1つです。アメリカでも、現在、ほぼすべての劇場が従来の観客を集める形態での上演を休止しています。

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アメリカでは3分の2の劇場が秋からの再開を計画中との報告も

非営利芸術組織や営利エンターテイメント企業向けの経営コンサルティング会社であるTRG Arts (The Results Group for the Arts)がクライアントへのアンケートを実施した結果、アメリカの劇場のほぼ3分の2が何らかの形で今秋からの事業再開を検討中で、多様なジャンルを提供する劇場ほど早期に再開する傾向が強く、演劇を中心とする劇場のほうが遅い再開時期を検討している、とのアンケート結果を6月18日に発表しました。またアメリカ、カナダ、イギリスで比べると、アメリカが最も楽観的で、イギリスが最も悲観的で、カナダがその中間となったそうです。*1

コロナ禍は、それぞれの国の指導者や市民の反応の違いを浮き彫りにした面もありますが、再開時期に対する反応の違いも、その一つかもしれません。お国柄が出ていて興味深いですね。

 楽観的な予測が厳しくなってきたアメリカ。ブロードウェイなどは慎重姿勢を維持

ただ、ニューヨーク州などコロナ感染率が下がってる州もあるものの、現在、アメリカの半数以上の州で感染者数が増加しており、はたして計画通りとなるのか不透明で、実際問題、観客がどの程度戻るかむ含めて、今後のコロナ対策による影響は大きいでしょう。経済の早期再開の必要性は十分に理解できるものの、同時に感染拡大状況に陥らないためには、個々の慎重な行動が必要でしたが、特に若年層の行動はいささか慎重さに欠けるものでした。規制と再開を繰り返すことは、規制の長期化よりも経済的にはダメージが大きく、ゆえにブロードウェイ・ミュージカル業界では、現在のところ1月3日からの再開を目指していますが、*2「再開のチャンスは1度だけ」との思いから、再開延期も含めて慎重に検討しています。メトロポリタン・オペラは、一度は9月中旬からの再開を検討していましたが、現在は12月31日のNew Year's Eve Gala公演のみ予定されていていチケット販売も開始しています。ただ、本格的なシーズンの再開はまだ発表されていません。残念ながら、TRG Artsによるレポートが発表された6月18日当時より、現在のアメリカにおけるコロナ禍の状況は深刻さを増しており、多くの都市で劇場再開時期は遅れる可能性が高くなりそうです。

ネット配信プログラムへの移行と財政問題

コロナ禍による活動の大幅な縮小、そしてそれによりもたらされる財政危機に伴い、メトロポリタン・オペラは3月31日を持って劇場現場スタッフをほぼ全員解雇しました。*3またシルク・ドゥ・ソレイユは会社債権法にもとづく破産保護申請を行いましたが、経営破綻に追い込まれる芸術団体は、今後もでてくる可能性があります。*4そんな中、多くの劇場やアーティストはオンラインでの事業展開にシフトしています。冒頭で、「アメリカの劇場のほぼ3分の2が何らかの形で今秋からの事業再開を検討中」と書きましたが、この”何らかの形”の主なものが事業のオンライン化です。ライブの現場が当面難しくなったからと言って、組織存続のために冬眠している訳にもいかず、なんらかの事業を継続していかないと、顧客やサポーター、スポンサーをつなぎとめることはできませんし、そもそも組織の継続が難しくなります。人員の整理や経費の大幅削減を実行しつつ、コロナ禍における芸術団体の存在意義を示せる事業として、オンライン・テクノロジーを使った事業が実行されています。

今後は、配信事業を如何に収益に結びつけることができるか、如何に革新的な内容のプログラムを実施できるかが、キーポイントとなる

過去作品の映像配信は、芸術団体の存在意義を手っ取り早く訴求できる手段として、多くの団体が実施していますが、あまりに映像配信が多すぎて、やや食傷気味の状態になっています。また過去作品の配信だけでは有料化が難しいことも問題となっています。青年団平田オリザさんは、3Dのような新しいテクノロジーは出てくるが、では映画の多くが3Dになったかと言えばそういうこともなく、結局、新しいテクノロジーにマッチした芸術フォームが発生してこないと定着しない、といった趣旨のことを発言されていましたが、まさにそうで、生でできないから映像、という発想のままだと、今後の展開は難しく、コロナ禍が長引くなか、アーティストらによる革新的な映像の活用形態が生まれてくることが期待されています。

一方、メトロポリタン・オペラは「Nightly Met Opera Streams」と題し、3月中旬から過去にMETライブビューイングで公開された作品を無料で配信していましたが、次なる一手として、「Met Opera on Demand」という新しい映像配信事業を開始しています。*5これはネットフリックスのメトロポリタン・オペラ・バージョンとも呼ぶべき事業で、視聴者は会費(年会費$149.99、月会費$14.99)を支払うことで、メトロポリタン・オペラが配信するオペラ作品を自由に見ることができます。熱心なオペラファンといえども、高額なメトロポリタン・オペラ、すべてを観劇できる人は少なく、彼らにとって魅力的な新事業と言えます。このように、新規映像配信事業を立ち上げる上で要となるのが「コロナ禍が終了した後も継続するべき事業であるかどうか」にあります。コロナ禍の一時しのぎではなく、新規事業として、今後も継続していく意義のある事業かどうか。収益化と革新的な映像テクノロジーの活用が今後のキーポイントとなるでしょう。

情報引用元:

*1:TRG Artsが発表したレポート:

trgartsresiliency.com

*2:PLAYBILL紙による報道:

www.playbill.com

*3:メットのユニオンスタッフ解雇を報道する記事:

www.npr.org

 

*4:シルク・ドゥ・ソレイユによる破産保護申請を報道する記事:

www.reuters.com

*5:Met Opera on Demand」ウェブサイト:

www.metopera.org