わんころけっとのアメリカに暮らしてみたものの

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コロナ禍で人員を削減するアメリカの美術館にあって、年収が1億円を超える館長の給与は適正か?

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非営利と言えどもビジネス形態の1つ

ニューヨーク・タイムズ紙に掲載された「美術館のボスの給料:経費削減の中、削減されてもまだ問題」を読みました。*1

意外に思うかもしれませんが、アメリカは、ある意味、日本以上の学歴社会であり、ポジションが上に行くほど取り分が加速度的に大きくなります。その社会通念は、大規模な非営利団体においても健在です。日本で非営利団体NPO)と言えば理念や社会福祉のために簿給で働く若者たちのイメージがあるかもしれませんが、アメリカにおいては、非営利団体非営利というビジネスの1ジャンルとなります。もちろん、非営利団体(501C3ステイタスを得ている団体に限りますが)には、税制控除が認められていますので、その分、運営の透明性、アカウンタビリティーは求められています。団体のヘッドである理事長の人事や予算の最終決定権、組織の運営方針の承認などは、ボードメンバーと呼ばれる理事会のメンバーたちによって決定されます。ボードメンバーたちは、大企業のCEOや起業家、篤志家や専門家などから構成されますが、基本的には助言とサポートを提供することを目的としており、団体の運営が余程、おかしなことになっていない限り、実務のヘッドである理事長の方針を批判することは少なく、また理事長はボードメンバーたちによって選考された経緯もあるので、基本的には、理事長を支援する立場にあります。

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アメリカの美術館は基本的に民間の非営利団体が運営している

ちなみに、これも日本とは大きく違うのですが、基本的にアメリカには公立の美術館、博物館、劇場というのはあまりなく、ほとんどの場合、民間の非営利団体です。メトロポリタン美術館グッゲンハイム美術館MOMAアメリカ自然史博物館、メトロポリタン・オペラ、アメリカ・バレエ・シアター、リンカーン・センター、パブリック・シアターなども、すべて民間の非営利団体です。誕生の経緯によっては州や市から、ある程度の固定化された支援を受けている団体もありますが、州や市の予算によって運営されている訳ではなく、それぞれの団体が、企業や個人、財団からの寄付や支援、助成金、チケット販売、物販、レンタル、それと資産運用によって運営されています。

ですので、決まった予算が州や市から降りてくる訳ではなく、毎年、事業を決め、それに必要な予算を策定し、必要な資金を得るために活動していく必要があります。ということで、コロナ禍によって事業が規制されているため、大幅な予算カットが求められています。しかし、この予算カットのやり方に関して、果たしてニューヨーク(NYに限ったことではありませんが)の巨大美術館が芸術と文化の継承と発展に貢献する非営利団体としての理念通りかどうかに、大きな疑念と懸念が寄せられています。それが、今回の引用記事で紹介されている内容です。

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1億円を超えることもある美術館館長の給与、格差への不満

記事によると、コロナ禍で活動が制限されている美術館の多くでは予算と給与のカット、人員削減を迫られているが、その削減方法に不満の声があると指摘しています。グッゲンハイム美術館の現職スタッフと退職者で作る団体”より良いグッゲンハイム美術館を作る会”(ブログ著者による直訳で正式名称ではありません)によると、同美術館で館長職を務めるRichard Armstrong氏(NY・タイムズ紙内でも実名報道)は、コロナ禍の経費削減の結果、25%の給与カットとなりましたが、彼の2018年度の給与は$1.4ミリオン(約1億4840万円で、”作る会”では、グッゲンハイム美術館は、給与の安いスタッフの給与やポジションを削減するよりも、Armstrong氏の給与をさらに削減するべきだと主張しているそうです。

メトロポリタン美術館ほどの規模ではありませんが、パークアベニューの70丁目と71丁目の間に、ギャラリーや劇場、レストラン、ショップなどが入る9階建ての自前のビルを持ち、中国を中心に、日本も含めたアジア諸国のアートや文化、政治・経済、言語などを紹介、アジア各国とアメリカとの相互理解や友好を促進することを目的として運営されている非営利団体、アジア・ソサエティーでも、人員整理について不満の声があると報道されています。

アジア・ソサエティーの理事長兼CEOであるJosette Sheeran氏は、今回の危機に際して、50%の給与カットとなりましたが、Sheeran氏の昨年度の給与額は93万7000ドル(約9930万円)であり、アジア・ソサエティー従業員たちは6月の危機の際にSheeran氏以上の削減を求められており、50%のカットでは不十分であると不満を伝えているそうです。

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レイオフは止む得えないが、透明性や公平性、実行有効性があるか

美術館労働者たちのユニオンは、『美術館のエクゼクティブ・スタッフたちが、「パンデミックにより収入が激減している状況では、レイオフや人員整理、給与カットは止む得えないと言いながら、一方で1億円以上、あるいはそれに迫る給与を得ている状況は、非常に問題がある。そのような状況で一般職員をレイオフするのは難しい』と話しているそうです。

ニューヨークの主だった美術館では給与格差が大きく、館長や理事長たちが1億円を超える給与を受け取る反面、エントリーレベルのスタッフの給与は3万5000ドル(371万円)だそうです。日本と比べると決して低い給与ではありませんが、ニューヨーカーの平均給与は約7万ドル(742万円)で、30%が10万ドル(約1060万円)を超え、平均家賃が約3000ドル(約32万円)というニューヨークでは決して多い額とは言えないかもしれませんが、スタッフの不満は、むしろ、その格差にあるかもしれません。また、今年はBLM運動が大きく取り沙汰された年でもありますが、メトロポリタン美術館ではスタッフの43%が非白人ですが、解雇された400名のうち48%が有色人種であったことにも懸念が集まっているようです。ちなみにメトロポリタン美術館の理事長であるDaniel H. Weiss氏の昨年の給与額は125万ドル(約1億3250万円)で、今年度は20%の給与カットとなっていますが、彼は昨年の理事長就任にともな、24%の給与アップを得ています。理事長に就任したので給与アップは当然ですが、20%カットしても理事長就任前よりも高い給与を受け取ることになります。

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優秀な人材の確保には、それなりの給与が必要なのも事実

確かに、巨大美術館の運営は非常に難しく、優れた美術館経営者を見つけることは非常に難しいと言われています。それだけに、そのポジションに選ばれた優秀な芸術経営者らは高い報酬を得ることができるのですが、同時に理事長の選考にあたるボードメンバーも高い報酬を得ている企業経営者や起業家が多く、自分たちの供与と比較した時に、美術館理事長の給与は決して法外に映らないのかもしれない、のだそうです。

この意見は一理あります。同じ大学を出て、同じような社会的地位を得ても、ファイナンス系に進んだ人と、アート系に進んだ人とでは、それでも、給与に大きな差があります。アート系、特に非営利団体であっても、高いポジションにつくことができれば、相当の報酬を得ることができるという現実は、ある種希望が持てるとも言えますが、経済格差が益々大きくなる現代社会では、どの程度の格差が許容範囲と言えるか、その格差の要因に人種差別などが作用していないかどうか、議論する世論が重要となるでしょう。

 

*1:引用記事:

www.nytimes.com