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NYの舞台芸術の殿堂で舞台スタッフの年俸が5000万円になるからくり、でも館長の年俸は2億円

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カーネギー・ホールでは、ピアニストよりも舞台係のほうが高給取り?

前回の「ニューヨークのメジャー美術館の館長の給与は1億円超えは適正か?」に引き続き、アメリカにおける芸術ジャンルの給与事情です。大型美術館の館長は年俸で1億円を超える給与を貰っていると前回書きましたが、なんのなんの、劇場も負けていません、という話題です。

koryunosusume.com

 

かなり古い記事で申し訳ないのですが、2009年10月21日発行のMetroという地下鉄の駅などで配布されているフリーペーパーに「The best job at Carnegie isn't on stage」直訳すればカーネギーで一番の仕事は舞台上にはない』なる記事が掲載されました。

記事によると、「カーネギー・ホールでピアノを押して舞台上に移動させている男性は、そのピアノを演奏する男性よりも高給取りである。Dennis O'Connell氏(こちらも実名報道)はカーネギー・ホールで小道具などの管理を担当しているが、昨年度(2008年度)の年収は53万44ドル(現在のレートで約5620万円)であった。リサイタルを行ったピアニストの演奏費が2万ドルだったとすると、27回、公演を実施しないと(O'Connell氏を)上回ることができないことになる。」
「O'Connell氏以外に4人のフルタイムのステージスタッフがいるが、2人は大道具担当で残る2人は照明担当、彼らの平均給与は43万543ドル(約4564万円)であった。カーネギー・ホールにおいて、芸術監督兼経営責任者のClive Gillinson氏だけが彼らよりも高給で同時期の給与と福利厚生の合計が94万6581ドル(約1億34万円であったことが、カーネギーホールの税務申告から明らかになった。」

カーネギー・ホールは、コンサート・ホールですから、照明や大道具と言っても、メトロポリタン・オペラのようなに技術的に複雑なことは全くなく、基本的にはオーケストラや室内楽、ソロコンサートなどが中心です。前回コラムでも紹介しましたが、アメリカの非営利団体は、透明性とアカウンタビリティーの一環として税務申告書は誰でも閲覧可能で、そこに主なスタッフの給与も掲載されています。芸術監督はさておき(それでも11年前の給与ですでに1億円あったんですね)、どうして、それほど複雑でもないコンサート・ホールの舞台係や照明係が5000万円ほどの給与を受け取ることになったのでしょうか?実は舞台スタッフユニオン(組合)と、2007年に組合が行ったストに原因があります。

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舞台スタッフの組合は非常に強力

「舞台スタッフたちは、IATSE(International Allianace of of Theatrical Stage Employees)のLocal One(ローカル・ワン)と呼ばれる非常に強力な組合組織を持っているが、Local Oneは、(労使交渉のもつれから)2007年11月に26のブロードウェー・ショーを約3週間に渡って閉鎖に追い込んだ実績を持つ。このときNY市が受けた損失額は4000万ドル(約42億4000万円)であったとNY市の会計監査官が発表している。(その結果)舞台スタッフとプロデューサーたちは、双方が妥協の産物と呼ぶ5年間の契約書にサインをしている。労働史研究家のJoshua Freemanは、NY市の活気の源である劇場産業を閉鎖に追い込むだけのパワーが、(舞台スタッフ)組合に力を与えていると語っている。」

2007年のストの前までは、週給1200ドル〜1600ドルが相場だったみたいで、それであれば、年ベースで考えると650万円〜900万円程度、オーバータイムを入れても800万〜1200万円程度だったのではないかと思います。それが2007年のストを受け、大きく変わったようです。ただ、それで劇場が経営できるのであれば、誰かが文句を言う筋合いでもないのでしょうが、それにエクゼクティブ・スタッフも数千万円から1億円の給与を受け取っていたようですから、格差拡大が叫ばれる昨今の現状を思うと、それでも良いのか・・・とも思いますが、警備や清掃スタッフ、あるいは制作業務を担当する一般スタッフの給与も知りたいですよね。清掃や警備スタッフは、別の組合に所属しているので、舞台スタッフほどではないものの、それなりの給与をもらっていると思いますが、若いスタッフはどうなんでしょうね。350万から500万程度が平均的なところかもしれませんね。カーネギー・ホールは、レンタルも活発に行っており、その収益も相当あるでしょうし、そこから舞台スタッフの給与の一部も捻出されているとは思いますが、ただ、やはり非営利団体ですから収入の5割程度は助成金や寄付金、スポンサーシップなどではないかと思うと、ちょっと複雑な気持ちになります。

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昨年度のカーネギー・ホールのスタッフの給与*1

Clive Gillinson, Executive & Artistisc Dir.   $1,931,002(約2億470万円)

Anna Weber, General Manager   $426,218(約4518万円)

Philip Alfieri, Stagehand   $425,407(約4509万円)

Dennis O'Connell, Stagehand   $394,821(約4185万円)

Richard Malenka, Chief Admin. Officer   $374,788(3973万円)

Aaron Levin, Chief Information Officer   $359,747(約3813万円)

 Kenneth Clark, Stagehand   $305,796(約3241万円)

Kenneth Beltrone, Stagehand   $297,063(約3149万円)

Clive Gillinsonさんの年俸が2億円突破していますね。O'Connellさんもまだ働いていますが、(そりゃ、こんな職場、辞めないですよね)給与が4185万円と、少々、下がっています。これは契約の問題かもしれませんが、オーバータイム(残業時間)の関係かもしれません。アメリカの劇場ユニオンでは、通常、1日8〜10時間程度の決められた労働時間を延長すると、時間給は1.5倍から2倍、食事の時間が短くなると、同じくフードペナルティとして2倍程度の時給と、温かい食事の提供を求められることが多々あります。それ以外にも、退館時間が遅くなった場合には深夜手当などがある場合もありますので、舞台スタッフの場合は、そういった実際の運営で1年の総額が変わる場合もあります。O'Connellさん以外に、舞台スタッフで3名リストされていますが、彼らの給与も3000万円台と4000万円台ですね。

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ユニオンの功罪と日本の労働環境のあり方

組合にも良い面と悪い面があります。労働者の権利を主張し、搾取から守ってくれる反面、行き過ぎた要望は、現場を圧迫し、結局、アーティストの作品制作や発表機会に悪影響を与えるかもしれません。その結果として、労働の機会を失う可能性もあります。また日本と西欧では産業の成り立ちの歴史が違うので同じようには考えられない部分もあります。日本の産業構造もアメリカ型の自由市場主義がますます進んできている状況において、日本における組合のあり方も違ってくるべきではないかと思います。とりあえず日本の劇場界も劇場スタッフの労働時間の短縮と労働条件の整備が必要ですが、公立ホールでは、かなり状況は改善されてきているとも聞いています。また今春から中小企業にも施行された「働き方改革」に関する法律により、多くの照明会社や舞台技術系の会社が労働状況の改善を迫られていましたが、こちらはコロナ禍により、仕事そのものが激減してしまい「働き方改革」どころではなくなってしまっているようです。

もちろん、アメリカでも小さなグループや前衛的な活動を行っているグループに、カーネギー・ホールのような労働条件を持ち込むことは無理があるしナンセンスかもしれませんが、アメリカでは、ユニオンスタッフの労働条件が、どのようなものであるか一般的に知られていますので、「せめてこの程度は遵守して欲しい」といった線引も制作者サイドと共有しやすい環境にあると思います。日本でも、例えば「4時間に1回、1時間の食事休憩を取る」「2時間に1回のコーヒー休憩を取る」「残業や深夜作業があった場合は手当を支給する」「7時間程度の睡眠が維持できるようなスケジュールを組む」「労働条件は事前に取り決めて遵守する」といった程度のことは前提条件として労使双方が遵守し、そこから条件を上乗せできると良いかもしれませんね。

 

引用記事:

 

issuu.com

*1:引用元:

nonprofitlight.com