わんころけっとのアメリカに暮らしてみたものの

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『BLM抗議デモに参加した17歳息子、略奪に加わった可能性が..‥』人生相談から現代アメリカを考える。

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『人生相談からアメリカが見える』

ニューズウィーク日本版に掲載されている『人生相談からアメリカが見える』は、アメリカ人による人生相談の内容と返答から、現代アメリカ人の暮らしと問題、人生観、そして考え方を知る、そこから我々も何かを得る、との趣旨のコラムと理解していますが、7月31日付けで掲載された相談は、なかなかに根深く、また日本人を混乱させるのに十分な内容だったと言えます。

相談の主旨は以下の通り:相談主は2人の息子を持つ父親

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 妻の意見:

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 夫の意見:

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皆さんはどう思いますか?

皆さんが相談員(回答者)であったならば、どう返答しますか?

  • まずは息子に本当のことを問いただすべき
  • デモの騒動の中、本当に靴を盗んだのであれば、その行動は正しくなかったと諭すべき
  • その上で、親子で靴店に出向き、謝罪し、盗んだ靴の代金を支払うべき

というふうに考えますか?私も、もしこのような出来事が自分の身に起こっていたら、このように行動したかもしれません。しかし、ニューズウィークの相談員の返答は、かなり日本人の理解を(もしかするとアメリカ人の理解さえ)超えるものだったかもしれません。相談員はジャミラ・ルミューさんという文化評論家です。

相談員:ジャミラ・ルミューさんの回答

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ジャミラ・ルミューさんの略歴

今回の相談員であるジャミラ・ルミューさんは、人種、ジェンダーセクシュアリティの問題に焦点を当てた有名な文化評論家でありライターのようです。黒人向けオンライン雑誌であるThe Rootが「その年の最も影響力のあったアフリカ系アメリカ人100人」を選ぶ”The Root 100”に選出されたことあり、マルコムX没後50周年の公式記念行事でスピーチしたこともあるそうです。またCNNやCBS、ABC、MSNBCなどでのニュース番組等でコメンテーターと務めるた経験もお持ちのようです。

黒人女性で、人種やジェンダーセクシャリティの問題を専門としているようですが、過去にどういった問題に、どのように回答しているか気になったので調べたみたところ、かなり保守的な回答を行っていました。

例えば・・・

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また別の相談では・・・

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私には、上記2つの回答は、かなり正論に思えますし、進歩的か保守的か、と聞かれれば、保守的な考え方だと思います。

「靴では埋め合わせできないくらいの重荷」の意味

それで「息子が略奪に加わったかも」問題ですが、そういう(保守的な考えも持つ?)方の回答なので、「たかが靴を1足盗んだくらいのことで」という発言がひっかかりました。しかし、同時に「靴では埋め合わせできないくらいの重荷を背負わされている」との発言があり、彼女の発言の真意は、この息子さんの問題を超えて、アメリカ社会における人種差別の根深さ、理不尽さ、不正義さ、そしてアメリア社会が制度的に人種差別を助長させていると考えられる現状に向けた発言かな、とも思いました。「靴では埋め合わせできない重荷」と言わせるだけの、不正義、不公平、不公正な出来事の積み重ねがあったという点を強調したているのかなと。

「靴を盗む」は正しくない行為だが、アメリカ社会はそれを断罪できるのか?

「靴を盗む」ことが正しくない行いであることは百も承知の上で、「靴を盗む」ことと比べて何百倍もの重い罪を黒人に対して行ってきた、あるいは放置してきたアメリカ社会が、「靴を盗んだ」子供を断罪できるのか、との問いかけなのかもしれないと思いました。デモが暴徒化し略奪行為を行うことは正しくないし、BLM運動にとって何の助けにもならないし、むしろ運動を抑制したい側を利するだけでしかないかもしれないけれど、略奪行為はこの問題の本質ではなく、正すべき問題はそこではない、ということが言いたかったのかしら、と勝手に考えた次第です。案外、この相談自体、この回答が書きたくて創作したお話だったのではないか、とも思いましたが、それは穿ち過ぎかもしれないですね。

アメリカ人でない我々にできることは

アメリカ人の中にも「人種差別は過去の出来事」「差別はもうない」と考えている人がいるぐらいですから、アメリカで育ち暮らしていない人間にとって、アメリカにおける人種差別問題を本当に理解するのは難しいかもしれません。BLM運動が報道され、知識人やマスコミが背景を解説するのを見た、ネットフリックスのBLM特集でドキュメンタリーや映画を何本か見た、だけでは部分的、あるいはある方向からの見方しか得られないかもしれませんが、我々にできることは、できるだけフラットな視線で、多くの様々な意見や情報に触れ、偏見や思い込みを排除し、多角的な視点で理解に務めることだけかもしれません。

といいつつ、1本だけドキュメンタリーを紹介します。

ネットフリックス・オリジナル・ドキュメンタリー映画

チェルシーが考える:私と白人特権』

アメリカで成功を収めた白人女性コメディアン、チェルシー・ハンドラーが「自分は明らかに白人特権の享受者」「よりよい白人になりたい」と『白人特権』に関するドキュメンタリーを撮り始める。最初に白人特権を議論するUSCの学生集会に参加するが、学生から「白人特権について話すと、いつも有色人種が経験した話だけで終わる、しかし特権を持つ白人の話にはならない」「白人は白人のことをもっと良く知るべきだ」「ドキュメンタリーを撮影できてしまうのも、(ハドラーが)白人特権を有しているから」と断罪されて落ち込んでしまう。しかし、そこから差別されている黒人に答えを求めるのではなく、差別を行っている、あるいは特権を享受しながら気付かない白人にこそ、話を聞くべきだとターゲットを白人にも拡げて行く。白人特権を認めない、気付かない、話したがらない白人たち。それは特権を守りたい意識の裏返しかもしれない。そしてハドラーは「話題にならない構造上の人種差別がアメリカにいくつもある」と気づく。

と書くと、なんだか堅苦しいですが、ハドラーのキャラクターと明快で物怖じしないツッコミは、話し相手の意図に反して笑いを誘う。アメリカにおける黒人差別、白人の持つ特権と意識、社会制度に含まれた人種差別の構造など、日本人の知らないアメリカを垣間見ることができる素晴らしいドキュメンタリー映画です。オススメです。

www.netflix.com

 

 引用元:ニューズウィーク日本版

www.newsweekjapan.jp